うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

今の自分に自信が持てなくても、自分の可能性に自信を持てばそれでいいんじゃないだろうか

社会生活を送るということは、口に出すか出さないかは別として、それなりのプレッシャーに晒されるわけですね。 現実的にどの程度の社会的責任を負っているのか、自分のキャパや視点によっても、その感じ方は異なるでしょう。

「私なんて…」と口に出すか出さないかは別として、そんな風に思いたくなる日もあるでしょう(もし、ないのなら、ないに越したことはありません)。

「私なんて…」と言う友人に「そんなことないよ」と励ましつつ、「どうしてそんなに自分を卑下するんだろう。」と思いました。

そう思ったのもつかの間、よく考えると最近、自分がまったく同じ言葉を言っていたことに気づきました。

どうして「私なんて…」と思ったのか。改めて考えてみると、まったくもって検討もつかないことにチャレンジする恐怖で萎縮したのだと思います。「知らない」ということは恐いのだと改めて気付かされました(本質的には人間は何も知らないのだと思いますが、これはまた別のお話)。 対策としては、(雑ではあるけれど)知ったような気になればいいんじゃないでしょうか。 いけそうな雰囲気というか。

それをつくりだすのに、小さな成功体験を積み重ねることが大変有効であると考えています。ようは動けばいいのです。

「やってみればいい」 これが本質なのだと思います。 多くの場合、アドバイスはここで終わってしまいます。

しかし、それでもまだ問題があります。 (精神的、物理的問わず)動けない場合です。

そんなときには、自分の可能性に自信を持つとよさそうです。 未来のことは分かりません。可能性しかありません。 今の自分に「自信を持って」なんて無責任過ぎます。逆に、「あなたの考えは間違っている」と全否定されているような感覚になるかもしれません。

今の自分に自信を持てとはいいません。未来の自分の可能性に自信を持つのです。そうすれば、せめて最初の行動につながります。行動にすれば、どんな結果にせよ知ったような気になれます。知ったような気になれたら、「案外、こんなものか」です。行動するハードルはどんどん下がります。好循環です。

何でも最初走り出すまでが大変です。走ってもないのに「自信を持つ」なんて難しいです。 自分の可能性に自信を持つのです。何にだってなれる。そういう感覚がきっと大切なのです。


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