うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

一体何から自由になりたいのか

これまで、「自由」って「選べる」こと、「選択肢の多さ」だと思っていたのですが、最近はどうもそこにジレンマを感じます。選べるということには、責任が伴います。個人の責任そのものに対しては抵抗感はないですが、巻き込んだ人たちに対する責任みたいなものを感じてしまいます(発生していないかもしれないけれど感じてしまいます)。これは自分自身、意外で仕方ありません。

自分のことを「自分は自分、他人は他人」というドライの極み乙女だと思っていたけれど、案外そうでもない自分を再発見しました。 自分の人生だけ、を考えることができなくなってしまったように感じます。それは誰のせいでもなく、間違いなく自分のせいなのですが。こうした、ドライさに対し、思いが混じり始めると判断がブレます。 そこは、自分の弱さなのか、なんなのか、その辺をもっと脳内で議論していかなければなりません。

自分が何か選ぶことが、周りに影響する、その影響の大きさも、自由であれば自由であるほど(きっと責任を負っているので)大きくなる。自由になるために選択肢を増やしてきたはずが、周囲への影響を考えて自由に選択できなくなる、そんなことがあるかもしれません。少なくとも、ぼくはそう感じることがあります。

どのような生き方をするのが自分にとって最も自由なのか、要検討しなければならない、そう感じます。 誰だって「不自由より、自由がいい」というかもしれません。もちろん、自由をどう定義するかでもまったく話は変わってきますが、とにもかくにも自由って奴はやっかいだなと心の底から思うわけです。

「選択肢が多いほうがいい」という、ぼくの考え方は浅はかだったということを認めざるを得ないというのが、正直なところです。そうして、また一皮むけたところに何があるのか、ぼくもまだ分からないけれど、そうした渦中にいるということ自体は一度きりの人生にとって大変素晴らしいことであると思っています。


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