うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

焼酎のストレート、鉛のような重さ、そういう音楽の中で

「あなたの音楽は鉛のように重々しい」と言われました。 それが個人的にもとてもしっくり来る表現だったわけです。

ぼくの場合、ずっとずっと意識の上でも意識の下でも考えてるようなことを、なるたけ純度高くアウトプットしているわけですから、当然といえば当然です。

焼酎をストレートで出しているようなものなのです。

水割りだとか、お湯割りも、酎ハイも、いろんな飲み方をしますよね。やっても、せいぜいロックでしょう。焼酎をストレートで飲む人は結構稀ですよね。

でも、ぼくの今の音楽というのは焼酎をストレートで出しているみたいなものなのです。 つまり、これが鉛のような重々しさなのだと思います。

これはずっと自分の中で引っかかっていることです。

「うちは最高の焼酎をつくっているのだから、なるべくそのまま飲んでほしい。ストレートで!」というのは、とことん自分勝手なんじゃないか、と。

とことん自分勝手なものが表現だと言われれば、それはそれで成立してしまう、そういう難しさがここにはあります。

けれど、焼酎をストレートで飲む人は少ないです。ロックも水割りもお湯割りも酎ハイも…いろんな飲み方がある中で、ストレートは多分マニアックです(ぼくはソーダ割りを好みます)。

つまりこういうことです。 全人類中、酒を飲む人が何人いて、そのうちの何人が焼酎を飲み、そのうちの何人がストレートで飲み、そのうちの何人がぼくという焼酎を知っているのか。

こう考えると、むしろ受容されるほうがどうかと思います。

受容されるために音楽をやっているのか?というと、またそうではないという難しさも出てきます。 ただ、「飲み方」まで強制している感じがしていて、ここは改善の余地がたくさんあると思っています。 これからは、ストレートだけじゃなくて、水割りとかも出していきたいと考えてみたり。

その上で、どこまで薄めてよいのかみたいなことは、よく考え、ときにはよく考えず、試行錯誤していきたいと思います。

軽やかにダンスも踊れる鉛があってもいいのかも知れないと思う時期なのかも知れません。