うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

世界の創り方

日々に追い詰められてしまう、そんなときはもっと宇宙のこととかを考えてみたい。

そうすると、法律だとか国家だとか、日常だとかがちっぽけなことに思える。

(ちっぽけといっても無視していいものではないけども)

 

いろんなことが何者かによって作られていることに気づける。

世界なんて、線を引く(囲う)ことで生み出されているものばかりだ。

 

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国境なんかは分かりやすい。

地球に、人が線を引いて「こっちから向こうはB国、こっちから手前はA国だ!」と。

 

むしろ、もう勝手に「地球」とか呼んじゃってる。

火星とか水星とかも。

でも、それはまるっこいでかいかたまりでしかないのに。

まるっこいでかいかたまりに名前をつけた瞬間、それには意味というか存在が生まれた。

 

各地域のなんとも得体の知れないマスコットは昔からウジャウジャいたというのに、「ゆるキャラ」と名前がついた瞬間から彼らは市民権を得た。

 

大きなものだけじゃない。

たとえば、細胞の中身の液は海水に近いそうだ。

雑にいうと海水を細胞膜が囲った、それだけかもしれない。

膜に囲まれた状態を「細胞」と呼んじゃってる。

 

線を引いて、名前をつける。

これが世界の創り方だ。

 

なにも物理的な線だけじゃなくて、精神的、観念的なものもそう。

 

知り合い、友だち、親友の違いはなんだろう。

(むしろこの3つは並べて比べていいものなのだろうか)

友だちと恋人の違いは?

まあ、そんなことはぜひコーヒーでも飲みながら語り合ってもらえばいいとして。

 

肝心なことは誰がその線を引いて名前を付けているのかということ。

自分で線を引いていいこと、ある程度の共通概念として線を共有したほうがいいことをしっかりと区別することだ。

 

これがうまくできていないと陸上の生物が水中で暮らすようなものだ。

つまり、窒息死する。

 

実のところ、人間同士は区別の仕方の違いで揉めているに過ぎない。