うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

究極のゴールの画

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究極のゴールって、考えてみると意外と難しい。

 

究極のゴールとは具体的なアクション・娯楽ではなくて、どういう存在でありたいかという話になのではないか。

例えば、職業プロゴルファーをゴールとするより、プロゴルファーとしてどういう存在でありたいのか、こういう感覚的な話になってくるのではないか。

例えば、プール付きの豪邸をゴールとするより、プール付きの豪邸でどういう気持ちになりたいのか、こういう感覚的な話になってくるのではないか。

 

結局は、自分の内面的なことを求めているのであって、外部環境が本当にそうである必要があるのか。

プール付きの豪邸を所有して感じられる感覚を、1Kの部屋で感じられた日にはもうそれでいいんじゃないか。

 

自分の外部のことをゴールにするといつまでも苦しむ気がしてならない。

もちろん、正解のない世界と分かった上で、人生の羅針盤とするのならそれ相応の意味はあるだろうが、究極のゴールにはなりえないのではないか。

 

自分の内部は今この瞬間から変えられるが、外部はそう簡単に変えられない。

いや、外部を変えられる影響力を持つ人もいるか…。

そうか。

 

究極のゴールって、考えてみると意外と難しい。

 

人それぞれと言ってしまえばそれまでだけど、そんなこと言っちゃったら僕等はもう二度と口を聞く必要がなくなるもんな。