うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

喋る目的

人と喋ること。
そこにはきっと目的がある。

まるで無目的に見える会話でさえも、
根っこを辿ればきっと何らかの目的がある。
それは人によっては無意識的なものであるかもしれないけれど。

例えば、
その人に質問したいことがある。
情報を共有したい、情報を交換したい。
共にブラッシュアップしていきたい案件がある。
笑いたい、楽しみたい。
喋ることそのものが目的。
寂しさを満たしてほしい。
etc…

今、ざっと6つの目的を挙げてみたが(もちろん、もっと違った目的があっていいのだが)、
僕は基本的に前半の3つの目的でしか喋らない。

単純に聞きたいことがあったり、共有しておきたいことがあったり、一緒に創り上げたいことがあったり。
概ね、この3つでしか喋らない。
(喋りたくない)

数少ない友達は、僕のことをよく喋る奴だと思っているのかも知れないが、
会う目的のない人には会わない主義なので会ったということはそれなりに喋ることがあるわけだ。

喋ることがないと判断したときは、友達だろうが容赦なく断る。
概ね、質問、相談、共有、創造の4つから逸れた会合はすべてお断りしている。

僕は人が好きなのだが、
それとこれとはまた別の問題である。

自分が喋る目的は何だろうか。

別に、楽しむための会話や寂しさを満たすための会話、話すことそのものが目的の会話といったものを否定しているわけではない。
「僕はそれをやらない」というだけの自己開示に過ぎない。

僕は、ここで自己開示をしている。
自己開示以外の何物でもない。

喋らなくても不機嫌なんじゃない。
怒っているんじゃない。

ライト方向に打球が飛んだのにも関わらず、必死で打球を追いかけるレフトのような人間関係をやっている人は、
もっと肩の力を抜いたほうがいい。

自分の守備範囲(喋る目的)を知ると良い。

ライト方向の打球を捕れない自分を責めるなんて、僕には到底信じられない。