うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

ことばあそび

「世界は言葉遊びなのかもしれない。」

昨日はそんなことを思ったのでした。


悪も正義もイメージ戦略に過ぎない。
力の強いものが(一般社会において)正義とされるわけです。

正義や悪ともなれば極端ですが、
例えば、
未だ知らないものを恐れる人と
未だ知らないものにときめく人。

僕には、前者のほうが多数派のように見える。

ともすれば、
未だ知らないものなんてものは一般的に受け入れられがたいわけです。

歴史を振り返れば、
多くのニッチなものがメジャーに押し上げられてきたことは明らかです。

「アニメ好き」はこのご時世では、普通に扱われますが、
僕が中学生ぐらいの頃は、「アニメ好き」気持ち悪い人だと思われがちでした。

ニッチがメジャーに押し上げられる時、のし上がる時、
それは時代の大きなうねり、波に乗るということでもあるわけですが、
波は必ずなんらかの形で言語化されているはずです。

説明できないものに、
多くの人は心から賛同できない
からです。

「説明の必要はない。」

それは芸術の中にはあり得ても、ビジネスの中にはあり得ません。
再現性というか、安定感というか、品質が保たれない不安感がそこにあるからです。

心霊などは説明できないのに流行ったじゃないか!と言いたくなる人もいるかも知れませんが、
(科学的には説明できなくても)心霊は結構言語で説明されています。

○○で■■な死に方をした呪縛霊が、▲▲な人に対し□□な…

など、
根拠はよく分かりませんが、かなり詳細な説明がされています。

映像や写真などのイメージで伝えることも可能ですが、
言葉は何度も何度も反芻し、
ある種の信念のようなパワーを持ちます。

言葉の力の持つその強烈さは、
宗教でも証明されてきたことでもありますが、それはまた2025年ぐらいに書くことがあるかもしれませんし、ないかもしれません。

とにかく、世界は言葉ありきなんだと今まで本で読んできたことの意味がビビビッと体感できました。

議論することは、人を広げ深めてくれます。