うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

他人から強要される根性は毒である

他人から「甘い」とか「根性が足りない」とか言われたことはないだろうか。

もしくは、
そう言われている人が身近にいないだろうか。


根性とは何だろうか?

どういう定義でもいいけれど、
相対化できるとは思えない。

数値化できないし、
一体どうやって測るんだろうか。

根性なんてものは人それぞれのイメージに過ぎない。


自分の中から自然と湧き上がる根性はさておき、
他人から強要される根性は極めて毒である。


僕は「根性」と聞くと、
「耐える」だとか「踏ん張って乗り越える」というようなイメージがある。

となると、
「耐える価値があるか?」
「踏ん張って乗り越える価値があるか?」
というのが前提として大事なのであって、
その価値がないなら、根性など発揮する必要はないのではないだろうか。


たとえば、
「辞めたい」という人に対して、
「根性がない」などと言うのは間違っているように思う。

続ける価値がないだけかもしれない。


すぐに怯んでしまう人に「根性がない」と言うのは間違っているように思う。

根性がないとは限らない。


さて、
「根性」のように定性的で測れないものに、「勇気」というものもある。

「勇気」という言葉は素敵だと思う。


根性出して!はきついけど、
勇気出して!は何だか温かい。

立ち向かうことも、維持することも、逃げることも、勇気を必要とするから。

根性の使い道は限定されるが、
勇気の使い道は本人に委ねられている。


大切な誰かのこと、
どうせなら根性論ではなく勇気論で励ましたい。






岸見 一郎
2013-12-16