うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

誰が何と言おうと世界は無意味

野良犬がいる。

僕がその犬に「ポチ」と名前をつけたなら、
今日から「ポチ」だ。

僕の中で「ポチ」なだけ。
けれど、僕の中では確かに「ポチ」だ。

何て呼んでもいいじゃないか。
名前なんてないんだから。


いや、もしかすると
別の誰かはその犬に「シロ」と名前をつけて可愛がっているかも知れない。

その人にとっては確かに「シロ」だ。

だとすれば、
この野良犬はどっちが正解なのだろうか?
それとも別の犬なのだろうか?

正解も何もない。
「ポチ」でもあり、「シロ」でもある。
同じ犬でもあるし、違う犬であるともいえる。


さらに別の誰かにとっては、
(その他大勢の野良犬と区別のない)
ただの野良犬でしかないかも知れない。


僕が愛着を持って「ポチ」と呼んだ世界で一匹の犬と、ただの野良犬とでは意味が大きく異なる。


世界というのは所詮そんなものだ。

あなたが大切に取っている宝物は、
僕にとってただのゴミかも知れない。
(逆もまた然り)

確かに、同じ物であるはずなのに、
宝かゴミかの違いになる。



ある男が結婚した。

職場の仲間には、その男が「夫」に見えた。

男の友人には、その男が「奴隷」に見えた。

妻には、その男が「通帳」に見えた。


みんな口には出さないけれど、
いろんな目で見ている。

人や物にはいろんな役割(意味)を与えられている。


世界とは、
人間の数だけ物の見方がある中で、
それらの相互作用の中で何となく流動的に均衡が保たれている
不安定でありながら安定的な存在である。


僕の文章や音楽は総じてそういう類のことばかり書いているつもりだ。