うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

本音で語ろうホトトギス

皆が皆、本音で語り合える場が
この日本にどれだけあるというのだろうか。


我が身を守るための建前だけの発言をしてはいないだろうか!


もちろんそれも戦術としては悪くない。

だが、長期的にみるとどうだろうか。
誤魔化しながらやり過ごしているだけではないだろうか。


チームで何かをやっている人は、
多かれ少なかれ意見を求められることがあるだろう。

意見とは、つまり本音だ。


テキトーな意見にも本音がある。

「ダルいです」という本音。
「考えるのがめんどくさいです」という本音。
「却下されるのが怖いです」という本音。

守りの本音が透けて見える意見はくだらない。

くだらない意見ばかりしていないだろうか。


魂が震えるほどのYesなのか、暫定的にYesなのか、部分的にYesなのか、
一体どうYesなのか。

意見には責任が伴う。

リスキーな本音は言いにくい。
隠したがる。

けれど、本音を隠した意見こそが最もリスキーなのだ。

本音でもなんでもないのに責任を問われることになるからだ。


日常のすべてを本音で生きろ!とまでは言わない。
風当たりの強い社会であることは認める。


それでも、意見は本音であるほうがいい。

誰かと何かをするとき、何かを決めるとき、
本音で意見しなかったとしたら必ず後で苦しくなる。

違和感が生まれる。

そして、いつか拍子抜けするような形で離脱する(したくなる)。


離脱は大いに結構。
人間は気が変わる生き物だからだ。

けれど、最初に隠した本音が黙って膨らんだときの離脱は、色々めんどくさい。
旬を逃しているから。
「今さら」もう言えなくて、こじつけの理由で離脱する。


じゃあ本音で意見を言うべきタイミングはいつなのか?


「い…(省略)」