うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

名前をつけるということ 〜ミニマリストというけれど、どこからがミニマルなのか〜

ラベルを貼ること(名前をつけること)で、概念が共通認識されていく。
その積み上げによって「知」というものは作られてきたのだろう。

知らんけど。




ミニマリスト」とラベルを貼ることで、
「最小限の物しか持たない暮らし」 を説明できる。


「最小限の物しか持たない暮らしやってます」というと、
「なんで?」となる。

ミニマリストです」というと、
ミニマリストなんだな」となんだか納得される。



ラベルを貼ること(名前をつけること)の便利さと強烈さを分かっていただけるだろうか?



僕は必要のない物を持ちたくない。
物だけではない。
必要のないことはしたくない。

これが、あんまり理解されない。
何が必要かというのは人それぞれで、
もっと根本的な話から始めないといけなくなる。


ミニマリスト」が流行ってくれたおかげで、
ミニマリストです」とか言っておけば何となく分かってもらえる。

使い方によっては結構便利だ。


簡単に単純に伝えるために(共通認識をつくるために)
名前をつけることはとっても都合がよい。


一方で、
誤解が生まれやすいのまためんどくさい。


名前がついたことで、
それを絶対的な何かと勘違いしてしまう人がいる。



ミニマリスト」を「最小限の物しか持たない」と仮定しよう。

最小限は、人それぞれだ。
捨てる物の基準も人それぞれだ。

どこからがミニマルなのか
決めるのは誰だ。


結局は、自分じゃないか。じゃないか。
自分でもあるし、全員でもある。


「世界ミニマリスト協会の定義では」というのは、
あくまで世界ミニマリスト協会の定義であって、
僕の定義ではないし、
僕による定義はあなたにとって最適な定義ではないかもしれない。

そんな協会があるのかは知らないが。



ミニマリスト」という言葉を便利に使わせていただいている。

ただ、

ミニマリストの唯一気に食わないのは、
それが流行ってしまっていることだ。


分かり合うために生まれたはずの道具で分かり合えたり、かえって分かりにくくなったり。