うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

庶民について

僕が「庶民」という言葉を使うとき、

「一般の市民。社会的特権を持たないもろもろの人」(出典:大辞林

という意味ではない。


僕が「庶民」という言葉を使うとき、

「常識、当たり前という枠組みで物事を判断する、思考が停止したもろもろの人」

という意味だ。


だから社会的特権がないとか、
目立った成果を出せていないとか、
そういうことは一切関係ない。


これから20年かけて
僕のいうところの「庶民」は益々大変なことになる。


どういうことか?


精神世界、
つまり、個人内コミュニケーションを楽しめない人は、
生きる価値や意味を見い出せなくなるだろう。

生きるということは考えることであり、
自分と向き合うことだ。

他者や社会と向き合うということは、
自分と向き合うことなのである。

宇宙を知ること、素粒子について知ること、
それは自分と向き合うことなのだ。


これからは、歌を歌い、絵を描き、ダンスを踊る時代が来る。
皆がそれぞれに、いびつなダンスを踊るのだ。

実に楽しいではないか。


より多くの富を持っていればよいという時代はとっくに終わっている。
それでも庶民に理解できる常識となるまでには数十年はかかるだろう。


では、富は必要ないのか?


答えは、


ノーだ。