うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもいない本音など。

「ある」について

絶対的なものがあると思うと人生はしんどい。
苦しい。

これは断言する。
「ある」という前提は、他人との比較を生み出す。
比較する限り、いつまでも苦しい。
すべてにおいてのno.1になどなれるはずもなければ、
たった1つの分野においてもno.1を永遠に維持することなど不可能だからだ。
(そもそもno.1というのも分かり易いように見えて、実に曖昧であるが)
 
「ない」と思うことがスタートだ。

自分が生まれてきた意味なんてないし、
ましてや生きている意味なんてないし、
誰かと出会うことに意味なんてない。
まず、「ない」ということを理解すること。

ただ、ここで終わってはまずい。

頑張ってもしょうがないし、
死んだって構わないし、
むしろ殺したって構わないんじゃないでしょうか。
これはニーチェのいう受動的ニヒリズムということになる。

その前提、
つまり、絶対的なものなど「ない」という前提に立った後、
意味付けをしていくこと。


意味付けこそが人を人たらしめるものだとぼくは思う。

「私は、◯◯だと思う、感じる、考える。だから私の人生の目的は△△だ。」


そう、「ない」んだけれど、
自分の解釈の中で意味付けすることで、
仮に「ある」状態にすることで、
理想的な自分の人生の物語を歩むことができる。
酸いも甘いも含めて。

他人の人生を生きるな。
自分の人生を生きよう。